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意思疎通が難しくなったり、以前には見られなかった迷惑行為が頻発したりするなど、認知症の疑いが出てきたときは、連帯保証人や身元保証人に連絡して、入居者の状態を共有してもらい、場合によって介護施設などへの転居や成年後見制度の活用など、必要な対応を検討してもらいましょう。
連帯保証人や身元保証人がいないなど、協力が見込まれないときは、入居者を交えて行政の相談窓口(地域包括支援センターなど)に相談をします。
このとき、入居者の状態を行政の窓口に相談することは入居者のプライバシーを侵害しあるいは個人情報の目的外利用にあたって違法性が生じる可能性があります。そこでできる限り入居者を交えて行政窓口に相談することが重要です。また賃貸借契約を結ぶ時点で、個人情報の利用(第三者への提供)についての合意書を交わしておくことも適切です。
高齢の入居者の賃料の支払が遅れる原因は主に二つあります。
一つは経済的事情によるものです。もう一つは判断能力が低下したために支払いができなくなる場合です。毎月銀行振込みを行っていたがこの手続が事実上できなくなってしまったというようなときに発生します。
経済的に厳しいために賃料が支払えないというケースでは、最終的にはやむを得ず賃貸借契約の解除を考えなければなりません。契約を解除した後は建物を明け渡してもらうことになります。
ここで問題になるのは転居先が見つかるかどうかです。
現役世代であれば、賃貸借契約が解除になっても、賃料など条件が見合った新しい入居先を見つけることはとても難しいというわけではありません。しかし高齢者の場合は、敬遠されて新しい入居先を見つけることが困難な場合が多いのです。このようなとき、「それとこれとは別」ということで明渡を強く要求するだけでは、入居者の安全の問題にもかかわるし、賃貸人にとっても迅速で円滑な明渡と物件の早期活用の支障になりかねません。
新しい入居先探しを支援することは賃貸人・管理会社にとっても意味のあることです。
賃料の不払いが生じた入居者について新しい入居先探しを支援する際に重要なことは、「賃料の不払いを生じさせない」ということです。「賃料が払われないから契約を解除して退去してもらうのに、賃料の不払いを生じさせない、というのはおかしいではないか。」とお思いでしょう。お伝えしたいのは次のような意味です。
現在、高齢者の部屋探しを支援する体制は次第に充実してきています。しかし賃料を払わないために賃貸借契約を解除された方については受け付けられない可能性があります。そのため賃料の支払が遅れがちになってきたというその段階で、入居者から事情を聴き、連帯保証人などと連携して、転居を勧めるといった早期のフォローが有効です。
超高齢社会にあって高齢者の一人暮らしはますます増えると予想されます(※)。賃貸人・管理会社も、これまでより一歩踏み込んで、入居中の高齢者の状況を見守り、ある意味でその居住環境をフォローする心構えを持つことが望まれます。このことは社会的ニーズというだけでなく、将来の不動産賃貸業の発展という観点からも、事故が起きてからの法的紛争という芽を早めに摘むという観点からも、意味のあることではないかと思います。
※超高齢社会 65歳以上の人口が全人口の21%を超える社会。
(参考)「今後の高齢化の進展~2025年の超高齢社会像~」
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判断能力が衰えたために賃料の銀行送金ができず賃料の支払が滞ることも考えられます。
このような場合にまず考えるべきことは、連帯保証人や緊急連絡先に連絡を取って、入居者の状況を共有することです。そして必要に応じて、行政の窓口への相談を開始してもらいます。このことがスムーズに進めば、身内の方によって、安心できる施設への移転や成年後見の申立などが行われ、入居者本人のためになり、また賃貸人としても賃貸借契約の解除という手間とコストがかかる事態を避けることができます。
入居者が認知症であるなど判断能力が衰えている場合には、たとえ賃料が払われないからといって、賃貸借契約を解除しても無効になるリスクがあります。契約の解除通知を受け取るには判断能力あるという状態でなければなりませんので、後日、判断能力がなかったとされた場合、契約解除は無効とされる可能性があるからです。
「もしかしたら判断能力が疑われる可能性がある」という場合には、慎重に行動するのが適切です。実際に面談して、雑談を含む会話をして、慎重に判断能力を見極める、一人ではなく二人で面談する、面談結果を具体的に記録に残すなどです。
生活に困窮している人については、「住宅扶助」によって家賃の支援が受けられる制度があります。
資産、能力などすべてを活用しても生活に困窮する人については、生活保護制度による支援が受けられます。
法律が定めた8つの生活保護の項目の一つとして、住宅扶助があります。
家賃、部屋代、地代、更新料、引っ越し費用などの支援が受けられます。
扶助金額は地域や世帯数によって異なりますが次に一例をあげます。
東京都 23区(平成27年7月1日に見直しがされて増額されました。)
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単身世帯:53,700円※ / 2人:64,000円
※床面積が狭い場合は減額されます。
住宅扶助による家賃補助は、行政が貸主・管理会社に直接家賃・共益費を振り込むことが可能です。
これを「代理納付」と言います。
代理納付をするかどうかは自治体の裁量に任されていたので、従来、トラブルなどを懸念してあまり実施されていませんでした。
しかし最近、取扱が変わってきており、滞納している人については原則として代理納付することとされました。
(「生活保護制度における住宅扶助の代理納付について(周知依頼)」厚生労働省社会・援護局保護課令和2年3月31日)
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入居者の判断能力が明らかに欠けているとわかるときは、本人に対して解除通知を送っても無効です。
この場合、入居者本人に代わる人に対して解除を通知するか、またはその人と話し合って合意解約することになります。
入居者本人に代わる人とは誰かというと、法定後見人になります。
つまり、その入居者の法定後見人に対して解除通知を出したり、法定後見人と話し合って合意解約をします。
法定後見人の制度は、判断能力が欠けているのが通常である(時々判断能力を欠いたり判断能力を取り戻したり、ということではなく)という方について、家庭裁判所が審判をして本人に対して法定後見人をつけるというものです。
法定後見人がすでについている場合はその方を相手にすればよいから問題ないのですが、そもそも法定後見人がついていれば家賃の滞納という事態は普通考えられません。ですから家賃が滞納したというときは法定後見人がまだついていないケースです。
このような場合解除をする相手がいないという状態ですから、法定後見人を家庭裁判所で選任してもらわなければなりません。
法定後見人の選任の申立てができる人は、本人、配偶者、四親等内の親族などです(民法7条)。賃貸人が申立をすることはできません。このため賃貸人としては、ご本人の配偶者や親族に協力してもらって法定後見人の選任の申し立てをしてもらえればよい、ということになります。
ただ、法定後見人選任の手続をするには、手間と費用が掛かります。本人の財産や収支について資料を集め必要な書類を作らなければなりません。申立には約1万円ほどの実費(印紙代、郵便切手代、診断書代など)かかり医師の鑑定が必要な場合は鑑定費用がかかる場合もあります。入居者本人が認知症になるまで一人で生活しているという場合、親族と疎遠であったりあるいは親族がいないということが多いです。手間がかかり費用もかかるとなると親族がいても後見の申立に協力してくれない場合もあります。
このような場合、区市町村長に後見開始の申し立てをしてもらうことが考えられます。具体的には、地域包括支援センター(介護保険法145条の46)などに相談します。
成年後見制度パンフレット(法務省)
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入居高齢者が所在不明になってしまうということもあります。
普通は保証人や身元保証人に連絡を取って、遅れている家賃の請求をしたり、入居者の所在確認などの必要な連絡をすることになりますが、中には保証人がいない場合もあります。そのような場合はまずは住民票を取寄せてみることになります。
私が経験したケースでは、住民票を取寄せてみたところ地方の介護施設に移転していたということがありました。
介護施設に入居できているということなので、このような場合は成年後見人がついていたり、親族が身の回りの世話をしているとか、そうでなくても行政の支援の手が届いています。そのため転居先に手紙を送れば成年後見人などと連絡がつく場合が多いでしょう。先ほどの例でも、転居先の介護施設に手紙を送ったところ、成年後見人から連絡が来ました。その後は成年後見人と交渉して賃貸借契約の解約手続きと荷物の撤去をしてもらいました。
住民票を取寄せてみたけれども住所が変わっていなかった(不在にしている元の住所のままだった)という場合はどうしたらよいでしょうか。
このような場合、考えられるいろいろな方法で住所を調査します。例えば、近所の住民を訪問して転居先を知らないかどうかなどを尋ねる、親族を調査して親族に問い合わせてみる、などです。
そのような調査を行ってもどうしても住所がわからない場合には、やむを得ないので、賃料不払いの場合であれば、所在不明のまま建物明渡請求の裁判を起こします。必要な住所調査を尽くした場合であれば、入居者が行方不明でも裁判手続きを行うことは可能です。
入居者が一人で生活できなくなってきた場合、安心できるほかの場所に引っ越す必要が生じる可能性があります。賃料が支払われず、賃貸借契約が解除された場合も、建物を明け渡す必要が出てきます。
このような場合新しい入居先を見つけてもらい引っ越しをしてもらうことが必要です。しかしご本人だけでそれを行うことは難しい場合があるので、賃貸人・管理会社としても、情報提供といった形である程度サポートすることが望まれます。
高齢者のためのどのような住宅・施設があるのか見てみましょう。民間運営のものと公的施設に大きく分かれます。
『有料老人ホーム』・・・一般的に入居一時金が必要 月額費用もかかる 住宅型・介護付き・健康型に分かれる
『サービス付き高齢者向け住宅』(サ高住)・・・月払い方式(金額は低くはない)
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グループホーム・・・認知症専門 空きが少ない
介護保険施設
『特別養護老人ホーム』・・・要介護度が高い人向け 費用は低負担 首都圏では空部屋が少ない(待ち期間が長め)
『介護老人保健施設』(老健施設)・・・在宅復帰を目指してリハビリをする あくまで一時的な滞在施設
『介護療養型医療施設』・・・回復の見込みがある寝たきり患者 あくまで一時的な滞在施設
福祉施設
『ケアハウス』(軽費老人ホーム)・・・月額制 比較的低料金 介護サポートを受けられるものもある 都心部では空きが少ない
『養護老人ホーム』・・・精神的・経済的理由で自宅生活が難しい人向け 介護なし 長期は不可
『シルバーハウジング』・・・バリアフリーの公営住宅 空部屋が少ない 自立者向け
(参考)老人ホームの種類一覧
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それでは入居者に転居の必要が生じた場合、具体的にはどのようにしたらよいでしょうか。
①連帯保証人・緊急連絡先
連帯保証人・緊急連絡先に連絡を取って、入居者の状況を共有し、行政の相談窓口(地域包括支援センターなど)を紹介する。
②地域包括相談センターなど
連絡が取れない場合は、自ら行政の相談窓口(地域包括支援センターなど)に連絡を取って相談する。賃貸人が相談する場合は、プライバシーの問題、個人情報保護法の制約がありますので、相談窓口への個人情報の提供について、個別に入居者の同意をとるかあらかじめ賃貸借契約書で個人情報の第三者への提供について合意をしておく必要があります。
③居住支援協議会
高齢者などが円滑に賃貸住宅に入居できるために地方公共団体や関係業者、居住支援団体などが連携して、住宅情報の提供などの支援を行っています(住宅セーフティネット法第51条第1項)賃貸人が相談する場合は、②と同じように、個別に入居者の同意をとるかあらかじめ賃貸借契約書で個人情報の第三者への提供について合意をしておく必要があります。
(参考)住宅確保要配慮者居住支援業議会の概要(国土交通省)
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※地域包括支援センターと居住支援協議会の違い
両者は一部似たような機能を持っていますが目的とするところは若干相違します。
「地域包括支援センター」・・・
目的・事業:介護保険法の被保険者の介護予防・日常生活支援等の総合的支援
根拠:介護保険法115条の46
所管:厚生労働省
「居住支援協議会」・・・
目的・事業:住宅確保要配慮者(高齢者、被災者、低額所得者、障害者など)の民間賃貸住宅等への円滑な入居の促進を図るための住宅t情報の提供等の支援をする。高齢者に限らない。
根拠:住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律(住宅セーフティネット法)51条
所管:国土交通省